

私達の江の島ヨットクラブは、第2次世界大戦後の日本中が待ち望んでいた初の東京オリンピック(1964年)開催時に、世界中のセーラー達を迎えるホストクラブとして誕生しました。それ故、日本を代表するヨットクラブとしての誇りを持ち、初代会長は神奈川県知事。会員は日本のヨット界の重鎮、神奈川県の実業界のリーダー、海を愛する著名人などの錚々たる方達が連なってのスタートでした。
また、日本のヨット界の将来を担う青少年教育を主要活動課題とし、日本で初めてOPを導入し、江の島ヨットクラブ内にジュニアクラブを設立しました。以来、このジュニアクラブは、世界のセーリング界で活躍する数多くの選手を輩出してきました。
今日までの40年間、江の島ヨットクラブは、東京を含む関東圏だけではなく、日本中のディンギークラスのメッカとして、またクルーザークラスの代表的なハーバーとして、多くの世界選手権大会、国際レース、全日本選手権大会などを主催したり支援したりしてきました。
2001年には、東京オリンピックに5.5メートル級で出場された当時のノルウェーの皇太子殿下が国王になられ、国賓として訪日された際、思い出深い江の島を天皇皇后のご案内で再訪され、多くのヨット仲間がお迎えし歓談いたしました。前江の島ヨットクラブ会長の松本冨士也氏も当時の5.5メートル級の選手でした。このご訪問を記念して、2002年から毎春日本ノルウェー友好記念レースが行なわれるようになりました。
2003年には江の島でジャパンカップ(クルーザー)が開催されノルウェー王国大使盃が寄贈され、2004年秋のオリンピックウィーク(ディンギー)にはノルウェー国王盃が寄贈されます。このような出来事は、江の島ヨットクラブの設立から現在まで続いている歴史と伝統を示す一つのイベントと言えます。
40年という時代の変遷を経て、21世紀の江の島ヨットクラブは、変化しつつあります。誇りも敷居も高いヨットクラブから、皆で企画し参加しながら楽しむ私たちのクラブ、もっともっと多くの人たちに海とセーリングの素晴らしさが共感できるクラブへの転換です。正月のジュニア餅つき、春のノルウェー記念、夏の花火、秋の江の島ウィーク、年末のクリスマスパーティ、イルミネーションまで一年中多くの行事があり、ジュニアからマスターまで海とヨットを通じて家族ぐるみ交歓し、クルーザーでのセーリング体験、クルー養成講座、親と子のヨット教室、パパとママの海の遊び体験、藤沢市の小学生のヨットの勉強会など、湘南の海に向かって開かれた窓としての数多くのヨット普及プログラムも実施しています。
今後このホームページが、クラブメンバーのみならず多くのヨットや海を愛する仲間達、そして自然の中でのセーリングに興味を持ち始めた方達への情報提供の場として大いに活用され,よい仲間つくりに役立つ事を祈ってやみません。
以上

世紀のオリンピック東京大会のヨット競技は、神奈川県江ノ島を中心として相模湾で行われました。このため、かねがね懸案となっておりました藤沢市片瀬東浜海岸の侵食阻止と、海の観光ルート開発、オリンピックヨットハーバー建設の目的をもちまして、去る昭和36年より約24億円の費用をもって湘南港(ヨットハーバーを含む)及びヨットハウスの建設を始め、昭和39年7月完成する予定であります。このヨットハーバーは、約30,000平方米の繁留海面と、約17,000平方米のヨット陸上泊地を持ち、また、谷口吉郎、山田水城両博士の設計によるヨットハウスをはじめ、ヨットに必要な諸施設をそなえております。諸外国にみられますヨット関係の諸施設(ヨットハウス)が、ほとんどクラブ組織によって運営され、ヨット愛好の親睦期間としてばかりでなく、社交機関として、その国の文化的、指導的役割を果しつつ、外交親善にも少なからず寄与しております。つきましては、このヨットハーバーを大いに活用し、ヨットの進歩・発達、海洋思想の普及、スポーツマン精神の育成、ヨット愛好者の親睦、文化的・指導的な社交の場とすることを目的として、ここに発起人一同は、神奈川県よりヨットハウス及び付属施設を借り受け、「社団法人江の島ヨットクラブ」を設立しようとするものであります。
昭和39年6月25日
社団法人江の島ヨットクラブ設立発起人
江の島ヨットクラブは1964年(昭和39年)に第18回東京オリンピック大会のヨット競技会場である江の島ヨットハーバー内にハーバーを管理運営するホストクラブとして発足しました。発足時の役員は山形勝見名誉会長、内山岩太郎会長他15名。なかでも特筆すべきは、カイ・ウォルハート氏で、デンマークヨットチームの監督として1948年のロンドンオリンピック大会時のゴールデンメダリストで、エルブストルーム選手を育てた人物です。1961年にI.Y.R.U.のルール委員長ニール・ベンソン氏と共に日本ヨット協会を訪れた氏は江の島ヨットクラブの基礎づくりに貢献されました。