ご挨拶


江の島ヨットクラブ
会長 青山 篤

江の島ヨットクラブ(EYC)は、1964年東京オリンピックのヨット競技のホストクラブとして創設されました。

現在は国際レベルのヨットクラブを目指した創立当初の理想とはかけ離れた小規模なものになってしまいました。

経営の困難や、公共港湾施設における一民間組織の専有利用の行政との確執、不況、実業団の撤退などいろいろな理由がありますが、中でも人材の喪失は一番の痛手であったと言えましょう。

五十数年の歴史のなかでEYCから多くの我が国を代表する先達たちが国内外のセーリング界で貢献されてきました。多くのオリンピックセーラーの存在はもとより、IYRU,ISAFなどの国際セーリング界の理事や専門委員として、あるいはルールやレースのオフィッシャルとして活躍されてきたのです。またJYA,NORC, JSAF等日本セーリンング界の副会長や理事も輩出しルール委員長、レース委員長、国体委員長、広報委員長、環境委員長、ナショナルチーム監督などなど我が国セーリング界を牽引して支えてきました。

また創設一年違いのジュニア部会からは3名のオリンピックセーラーを輩出し50年の歴史の中で二十数名の全日本チャンピオンを育てています。

これらの先達の実績をこれからの50年後に引き継いでゆく使命を我々は強く感じています。

クラブの歴史は施設ではなく構成するメンバーによって培われてゆくものでありその価値も醸造されてゆくものであると思います。

2020東京オリンピックを控えて、わがクラブは最善を尽くして対処する方針です。かつてのようなホストクラブとしての役割は、もはや現在のオリンピックではありませんが、オリンピックの開催に至るあらゆる場面でクラブメンバーの貢献が期待されているものと思います。

そのためには、セーリングスポーツの基礎的育成はもとより、トップセーラー、国際レベルの競技運営、規則の運用解釈、外洋帆走の技術や情報、最新テクノロジー知識、安全なレジャーセーリングの極意、そうして情熱等、優れたメンバーが相集い、情報交換し、切磋琢磨して高めあうといったセーラーとしてのダイナミズムを感じさせるサロンとなることがクラブの価値を高めることに他ならないと考えています。

現在積極的なメンバー募集活動を展開しています。セーリングライフ、セーリングカルチャーは海の上ばかりではありません。セーリングに興味のある人々の集いこそが価値を作り上げるのだと思います。国内外のセーラーにとってEYCは頼りになる存在と認識されるよう、先達の歴史から学び、我が国のセーリング界にその財産を継いでゆくために相集い、様々な体験を共有して楽しんでゆきたいものと思います。

以上

 

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E.Y.C.の歴史


設立趣意書

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世紀のオリンピック東京大会のヨット競技は、神奈川県江ノ島を中心として相模湾で行われました。このため、かねがね懸案となっておりました藤沢市片瀬東浜海岸の侵食阻止と、海の観光ルート開発、オリンピックヨットハーバー建設の目的をもちまして、去る昭和36年より約24億円の費用をもって湘南港(ヨットハーバーを含む)及びヨットハウスの建設を始め、昭和39年7月完成する予定であります。このヨットハーバーは、約30,000平方米の繁留海面と、約17,000平方米のヨット陸上泊地を持ち、また、谷口吉郎、山田水城両博士の設計によるヨットハウスをはじめ、ヨットに必要な諸施設をそなえております。諸外国にみられますヨット関係の諸施設(ヨットハウス)が、ほとんどクラブ組織によって運営され、ヨット愛好の親睦期間としてばかりでなく、社交機関として、その国の文化的、指導的役割を果しつつ、外交親善にも少なからず寄与しております。つきましては、このヨットハーバーを大いに活用し、ヨットの進歩・発達、海洋思想の普及、スポーツマン精神の育成、ヨット愛好者の親睦、文化的・指導的な社交の場とすることを目的として、ここに発起人一同は、神奈川県よりヨットハウス及び付属施設を借り受け、「一般社団法人江の島ヨットクラブ」を設立しようとするものであります。

昭和39年6月25日
一般社団法人江の島ヨットクラブ設立発起人

歴史

江の島ヨットクラブは1964年(昭和39年)に第18回東京オリンピック大会のヨット競技会場である江の島ヨットハーバー内にハーバーを管理運営するホストクラブとして発足しました。発足時の役員は山形勝見名誉会長、内山岩太郎会長他15名。なかでも特筆すべきは、カイ・ウォルハート氏で、デンマークヨットチームの監督として1948年のロンドンオリンピック大会時のゴールデンメダリストで、エルブストルーム選手を育てた人物です。1961年にI.Y.R.U.のルール委員長ニール・ベンソン氏と共に日本ヨット協会を訪れた氏は江の島ヨットクラブの基礎づくりに貢献されました。



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